2026年4月にメジャーデビューを果たした歌謡グループ「モナキ」。
その中でも、圧倒的な表現力と安定した歌唱力で注目を集めているのがオレンジ担当のじんさんです。
実はじんさんは、新人アーティストではなく、俳優・平牧仁(ひらまきじん)さんとして長年活躍してきた実力派。
この記事では、じんさんの学歴(小学校・中学校・高校・大学)とともに
俳優からモナキとして再デビューするまでの経歴をわかりやすくご紹介します。
じんのプロフィール

| 本名 | 平牧 仁(ひらまき じん) |
| 芸名 | じん |
| 生年月日 | 1987年2月26日 |
| 年齢 | 39歳(2026年現在) |
| 出身地 | 東京都板橋区(公表情報などから有力) |
| 血液型 | A型 |
| 身長 | 182cm |
| 担当カラー | オレンジ |
| 所属グループ | モナキ |
| 所属事務所 | 酒井一圭プロデュース(モナキ) |
| 特技 | ピアノ・エレクトーン・作曲 |
| 代表作 | 『烈車戦隊トッキュウジャー』『ミュージカル・テニスの王子様2ndシーズン』など |
幼い頃から音楽に親しみ、俳優・歌手・作曲と幅広く活躍してきたじんさん。
芸能活動は20年以上に及びますが、2026年にモナキとして新たなスタートを切り、再び大きな注目を集めています。
じんの学歴・経歴
こちらが、じんさんの小学校からの学歴と経歴です。
| 小学校 | 学校名は非公表 (板橋区立志村第五小学校などが有力候補) |
| 中学校 | 学校名は非公表 |
| 高校 | 学校名は非公表 |
| 大学 | 大学へ進学した可能性が高い(大学名は非公表) |
| 2003年 | ドラマ『あした天気になあれ。』で俳優デビュー |
| 2011年 | 『ミュージカル・テニスの王子様2ndシーズン』出演 |
| 2014年 | 『烈車戦隊トッキュウジャー』トカッチ役でブレイク |
| 2022年 | デザイン会社へ入社し会社員を経験 |
| 2026年 | モナキとしてメジャーデビュー |
俳優→会社員→アーティストという異色の経歴を持つことも、じんさんの大きな魅力です。
じんの出身小学校
じんさんの出身小学校は公表されていません。
Instagramなどに投稿された地元の公園の写真から、東京都板橋区にある西台公園周辺で育った可能性が高いといわれています。
そのため
- 板橋区立志村第五小学校
- 板橋区立若木小学校
などが有力候補として挙げられています。
有力候補① 板橋区立志村第五小学校
〒174-0045 東京都板橋区西台3丁目38-23
有力候補② 板橋区立若木小学校
〒174-0065 東京都板橋区若木1丁目14-1
ただし、どちらも公式発表ではなく、あくまで推測です。
3歳から始まった音楽人生
じんさんは3歳からエレクトーンを習い始めました。
幼い頃は喘息やアトピー、アレルギーがあり、外で思い切り遊ぶことが難しかったそうです。
そのため、自宅でエレクトーンを弾く時間が自然と長くなり、それが現在の音楽性につながっています。
さらに8歳頃には作曲まで始めていたというから驚きですね。
両親共働きでした。
外でおもいっきり遊べない体だった僕は、家で一人でもっぱらエレクトーンをひたすら弾く毎日。僕は暇すぎて、そのうちゲーム感覚で作曲のような事を始めたんですよね。
8才位の時です。
引用元:平牧仁オフィシャルブログ

小学生で作曲って…すでに才能があふれています!
病気を乗り越えて育った幼少期
じんさんは幼少期に「アリス症候群」という珍しい症状を経験したことも明かしています。
さらに、活発でスポーツ万能なお兄さんと比較されることも多く、内気で人見知りな性格だったそうです。
それでも音楽だけはずっと好きで、自分らしさを見つけられる大切な存在でした。
この頃から培われた表現力が、現在のモナキでのパフォーマンスにも生かされているのでしょうね。



つらい経験があったからこそ、今の優しい雰囲気につながっているのかもしれないね。
じんの出身中学校
じんさんの出身中学校も公表されていません。
地元とされる板橋区から、
- 板橋区立西台中学校
- 板橋区立志村第四中学校
などが候補として考えられています。
有力候補① 板橋区立西台中学校
〒175-0045 東京都板橋区西台3丁目25-1
有力候補② 板橋区立志村第四中学校
〒174-0046 東京都板橋区蓮根3丁目15-5
昔は内気だった
じんさんは子どもの頃から人見知りだったので、自分にあまり自信が持てなかったそうです。
一方で、音楽だけは夢中になれる存在でした。
エレクトーンだけでなく、自分でメロディーを作りながら表現する楽しさを覚え
この頃には「音楽で生きていきたい」という思いが芽生え始めていたのかもしれません。



内気だったなんて、今の堂々とした姿からは想像できないね
じんの出身高校
じんさんの出身高校は公表されていません。
板橋区内で育ったとみられることから、
- 東京都立高島高等学校
- 東京都立板橋高等学校
- 東京都立大山高等学校
などが候補として挙げられていますが、いずれも公式発表ではありません。
有力候補① 東京都立高島高等学校
〒175-0082 東京都板橋区高島平3丁目7−1
有力候補② 東京都立板橋高等学校
〒173-0035 東京都板橋区大谷口1丁目54−1
有力候補③ 東京都立大山高等学校
〒173-0037 東京都板橋区小茂根5丁目18−1
高校時代に役者に
高校時代は、じんさんにとって人生の転機となりました。
内気な自分を変えたいという思いから、役者養成所へ入所。
すると、その努力が実を結び、高校生だった2003年にドラマ『あした天気になあれ。』で俳優デビューを果たします。
さらに17歳の頃には、「作曲家になりたい」という夢を叶えるため
約1か月で100社以上のレコード会社へデモテープを送るという驚きの行動力も見せたのです。
実はやんちゃだった
じんさんは高校生の頃、意外にもけっこうやんちゃだったそうです。
髪を明るく染めていて、服装や見た目からすると結構派手なイメージですよね。
しかし、恐らくこのような振る舞いも内気な自分を少しでも明るく見せるためだったのではないでしょうか。



イケメンだから派手な感じでも似合ってる…!
じんの出身大学
じんさんは大学へ進学していたとされていますが、学校名や学部は公表されていません。
モナキの公式YouTubeチャンネルでは、メンバー同士が自然な流れで「大学で~」という話題をしていました。
また、じんさんは大学時代にモダンジャズ研究部に所属し、サックスやフルートなどが加わる
インストゥルメンタルバンドで活動していたことも明かしています。
幼い頃から続けてきたエレクトーンや作曲の経験を生かし、自ら作曲した楽曲を演奏することもあったそうです。
この頃には、俳優だけでなく「音楽で表現したい」という思いもさらに強くなっていたのでしょう。



大学でも音楽漬けだったなんて、本当に音楽が人生そのものだったんだね!
じんの経歴


ここからは、じんさんの芸能活動についての経歴をお送りします。
高校生で芸能界デビュー


内気な自分を変えたいと思い、養成所に入ったじんさん。
2003年、じんさんは16歳の時に日本テレビ系ドラマ『あした天気になあれ。』で俳優デビューを果たします。
しかし、じんさんは17歳の頃「作曲家になりたい」という夢を抱き
約1か月でなんと100社以上のレコード会社へ自作のデモテープを送りました。



100社以上にデモテープを送る行動力がすごすぎる!
その熱意が実を結び、芸能事務所から声がかかったことが芸能界入りのきっかけとなります。
本人によると、本来は作曲家志望だったものの、送付先をシンガーソングライター部門にしてしまったことがきっかけでボイストレーニングを受けることになり、それが芸能界への第一歩となったそうです。
とあるアーティストさんのCDを聴いたとき、全身に衝撃が走ったんです。
「俺、なにやってるんだろう」って。
劣等感の塊だった自分も、誰かを励ます力になりたい。
生きる意味を見つけたい。
そんな衝動的な思いから、気が付いたら
1か月で100数社のレコード会社にデモテープを送っていました。
作曲家志望でデモテープを送ったところに、見事声を掛けて頂けました!!
やったー!って。
だがしかし、ここでアクシデントが・・・
実はデモを送った部署が「シンガーソングライター」の部署だったんです。
あぁ!!!
自分のマヌケさを呪いたい・・・って何度も思いましたね。
そしてなんの巡り合わせか、それをキッカケにボイトレを始めたんです。
あれよあれよと、内気な僕がまさかの表舞台に出るようになりました。
オーマイガッ!!!
と、これが僕の芸能界へ入った原点です。
引用元:平牧仁オフィシャルブログ



失敗だと思った出来事が、人生最大のチャンスになるなんて、本当にドラマみたい!
『テニスの王子様』で注目を集める
2011年には、大人気舞台『ミュージカル・テニスの王子様 2ndシーズン』で
青春学園の副部長・大石秀一郎役に抜てき。
誠実で仲間思いの大石を見事に演じ、多くのファンから支持を集めました。
さらに舞台『合唱ブラボー!』では、天才ピアニスト役として出演。
劇中ではピアノ演奏だけでなく、自身が作曲したオリジナル曲を披露する機会にも恵まれました。
終演後には観劇していた記者から「平牧君は絶対に音楽をやるべきだ」と背中を押されたことが
再び音楽と向き合う大きなきっかけになったと語っています。



俳優として評価されながら、音楽の才能にも気付いてもらえた瞬間だったんだね!」
『烈車戦隊トッキュウジャー』で人気俳優へ
2014年には『烈車戦隊トッキュウジャー』でトカッチ(トッキュウ2号)を熱演。
志尊淳さんや横浜流星さんらとともに1年間メインキャストを務め、一躍人気俳優となりました。
その後も舞台を中心に俳優として活躍する一方、音楽活動も継続。
「三ツ星サラバ」というユニットを立ち上げ、再び音楽の世界へ挑戦します。
しかし、活動中には相方の脱退やコロナ禍による公演中止など、思うように進まない時期も経験しました。



順風満帆に見えても、たくさんの壁を乗り越えてきたんだね。
一度芸能界を離れ、会社員として働く
2022年、じんさんは芸能活動を一時セーブし、株式会社プリンツ21へ営業職として入社しました。
約2年間、スーツを着て会社員として働きながら、芸能界とは異なる世界で多くの経験を積みます。
学生時代から芸能活動を続けてきたじんさんにとって、一般企業で働くことは初めての経験でした。
この期間は、自分自身を見つめ直す貴重な時間となり、後に「人として成長できた」と語られています。



会社員を経験したからこそ、今の表現にも深みが生まれたのかもしれないね
セカンドチャンスオーディションを経てモナキへ
人生の大きな転機となったのが、酒井一圭さんがプロデュースした「セカンドチャンスオーディション」でした。
じんさんが38歳で挑戦したオーディションで、約1,000人の応募者の中から見事メンバーに選出されました。


長年積み重ねてきた俳優としての表現力と、3歳から磨いてきた音楽経験が高く評価されました。
じんさんはメンバーからも「表現の部長」と呼ばれるほど信頼が厚く、歌やダンスだけでなく
舞台経験を生かした表現力でもグループを支えています。
インタビューでじんさんは
「生き様をエンターテインメントにしていきたい」
と語っており、これまで歩んできた人生そのものをパフォーマンスに込めたいという強い思いが伝わってきます。



いろいろな経験をしてきたじんさんだからこそ、この言葉には説得力があるね!
まとめ
今回は、モナキのじんさんの学歴・経歴を深堀りしました。
遠回りに見える道のりも、一つひとつの経験が現在のじんさんの魅力につながっているのでしょう。
これからモナキとしてどのような活躍を見せてくれるのか、ますます目が離せませんね。
【モナキの学歴はこちら】













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